紙の歴史

紙は人類の営みを記録する媒質として、つねに私たちの身近にあり続けてきました。
時代の変化にともない、その存在意義は新たに見直されてきています。

紙前史

紙(paper)の語源としても知られるパピルスは、BC3000年代からAD1000年まで古代エジプト文明において書写材料として発展し、使用されました。ナイル川流域のカヤツリグサ科の水草パピルスの茎から皮をはぎ、茎の中心部にある髄(芯)を薄く切ったものを材料としました。乾かして長さを揃え、ふたたび水に浸して縦方向と横方向に重ね置き、プレスして脱水したものに、文学、科学、歴史などさまざまな文化が書き記されました。折り曲げには弱いものの軽くて丈夫なパピルスは、つなぎ合わて巻物状にされ、紀元10世紀頃、紙が普及するまで、エジプトを中心に使用されていました。
また、小アジア(現トルコ)からヨーロッパに至る地域では、紀元前2世紀頃に発明された羊皮紙(パーチメント)が書写材料として普及しました。羊、山羊、子牛などの皮を、不純物を取り除いてよく洗い、引き伸ばしながら表面をなめらかにした羊皮紙は、折り曲げに強かったため冊子状に綴じることができました。丈夫で美しく重用されましたが、高価なため、紙の伝播とともに使用されなくなっていきます。
パピルスに描かれた「死者の書」(カイロ・エジプト博物館蔵)※
パピルスに描かれた「死者の書」
(カイロ・エジプト博物館蔵)※CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/
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羊皮紙の楽譜17世紀頃(紙の博物館蔵)
羊皮紙の楽譜
17世紀頃(紙の博物館蔵)

紙の発明

発見されている最古の「紙」は、中国甘粛省天水市の古墓で発掘された地図の描かれた麻の紙で、前漢文帝・景帝(在位紀元前189-141)ものと推定され、放馬灘紙(ほうばたんし)と呼ばれています。中国の歴史書「後漢書」には、宮廷の用度品の長官、蔡倫が西暦105年に後漢の皇帝であった和帝に紙を献上したと記されていることから、蔡倫が紙の発明者(=紙祖)とされていましたが、実際にはその二百数十年前には紙がつくられており、蔡倫は紙の製造法を確立した功労者であったと考えられています。
蔡倫の時代の紙は、麻布、麻のぼろ、樹皮、漁網を材料にしたと記されており、これは現在の紙の製造法と根幹では変わりません。切り刻んだ材料(麻のぼろや樹皮)を洗い、灰汁で煮て繊維を取り出してから臼でひき、ふたたび水の中で繊維分散させ、枠に張った網(簀)で梳きます。網の上に薄く均一に残った繊維を、枠ごと乾燥させてはがし、紙としました。その後、紙の材料や製造法は改良を重ねられながら、絹の伝播(シルクロード)と同様に、西洋へと伝えられていきます。
放馬灘紙写真:新華社/共同通信イメージズ
放馬灘紙
写真:新華社/共同通信イメージズ
『天工開物』より、古代中国の紙の製造法
『天工開物』より、古代中国の紙の製造法

紙の発展

紙の原料は、生産が始まった頃の中国では大麻や苧麻などの麻の繊維が用いられました。一方、西洋では、亜麻が主な製紙原料でした。中国で紀元前に発明された紙の製造法は、8世紀頃にアラビアに、そして10世紀頃にはエジプトでパピルスに代わって普及します。12世紀には地中海を経由して製紙技術がヨーロッパに伝わり、製紙工場がスペインやフランスなど各地につくられました。15世紀にはヨーロッパ全土に広がり、アメリカでは1690年に初めてフィラデルフィアに製紙工場がつくられます。
この頃まで、製紙は手漉きで行われていました。ヨーロッパでは衣料に使用されていた木綿のくず(綿ぼろ)が主要な原料になっていましたが、1450年頃の活版印刷の発明とともに、紙の需要が増大します。ぼろ原料を製紙原料にするために叩く工程(叩解)が必要ですが、西洋では水車や風車の力で叩解を行う仕組み(スタンパー)が発達し、その後、17世紀には筒状の刃を回転させて効率的に叩解を行うビーターと呼ばれる叩解機がオランダで発明されました。
抄紙(紙漉き)の連続的抄紙化は、18世紀末の長網抄紙機の発明から始まりました。19世紀に入って、ようやく木材を粉砕したパルプや木材を化学処理して作られるパルプが原料に用いられるようになり、抄紙機はより高度な改良が重ねられ、高品質な紙の大量生産が可能になっていきます。
Jost Amman 紙職人(木版画)16世紀
Jost Amman 
紙職人(木版画)16世紀
18世紀のスタンパーの図(ディドロ, ダランベール『百科全書』より)
18世紀のスタンパーの図
(ディドロ, ダランベール『百科全書』より)

日本の紙

日本に紙が伝来したのは卑弥呼の時代(3世紀頃)とする説もありますが、紙がつくられるようになったのは仏教をはじめ大陸の文化や技術の交流が盛んになった5~6世紀頃だと考えられています。中国や日本は、主な筆記具が筆と墨であったことから、紙に求められる性質が西洋の紙とは異なっていました。ペンと水性インキに適する厚さや表面のなめらかさ、にじみの少なさが求められた西洋と異なり、日本では9世紀初頭に確立したとされる流し梳きによる薄手の紙が、楮や雁皮などをおもな原料として製造されていました。
日本の和紙の製造は、原料をはじめその工程には紙質を良くするためのさまざまな工夫や改良が加えられてきましたが、工程の機械化はされず、近代に西洋から洋紙の製紙技術が導入されるまで、主に人の手によって行われていました。江戸時代に成熟期を迎えた和紙の生産は、洋紙の製紙技術が導入され機械化が進む明治時代を経て、大正時代には衰退し、現在は日本国内の和紙の生産量は紙全体の0.3%程度となっています。
「紙漉重宝記」より楮の繊維を叩く(叩解)様子
「紙漉重宝記」より
楮の繊維を叩く(叩解)様子
和紙の流し梳きの様子
和紙の流し梳きの様子

紙の広がり

20世紀中頃には、現在に至る紙の生産体制が確立しましたが、パルプをはじめとする原料や生産機械の開発・改良はいまも世界中で行われ、用途に合わせて多種多様な紙が生み出されています。また、年間4億トンともいわれる生産量を誇る紙の世界では、省資源化を進めるとともに、化学薬品の使用を抑えたり、古紙をパルプとして積極的に再利用するなど、地球環境に配慮した紙づくりが行われるようになっています。デジタルメディアが記録媒体の主流となる一方で、質量を伴う素材としての紙は、従来の用途にとどまらず、より広い可能性をもつ媒体として、私たちの生活にいっそう多彩に溶け込んでいこうとしています。
現在も目視による検品で品質を確保する
現在も目視による検品で品質を確保する

紙の歴史ミニトピック

世界

BC176−141 中国で最古の紙・放馬灘紙がつくられる
(出土は1986年)
AD105 中国で蔡倫が蔡候紙を発明
793 ペルシャで製紙工場ができる
900 エジプトで製紙工場ができる
1276 イタリアで製紙工場ができる
1282 イタリアでウォーターマーク発明
1445 ドイツでグーテンベルグが活版印刷発明
1670頃 オランダでホランダービーター発明
1798 フランスでルイ・ロベールが抄紙機を発明
1809 イギリスでディキンソンが円網抄紙機を発明
1840 ドイツでケラーが砕木パルプを発明
1856 イギリスでハーレイが段ボールを発明
1857 アメリカでティルマンが亜硫酸パルプ(Ca法)を発明
1884 ドイツでダールがクラフトパルプを発明
1926 アメリカでセミケミカルパルプ法が実用化
1980年代 中性紙への関心が高まる
1994 FSCが法人として正式に発足
1999 PEFCが設立

日本

610 高句麗から製紙法が伝来
806 紙屋院(製紙工場)が建設
954-974 蜻蛉日記に陸奥紙の記載
1338 奉書紙(越前)が保護を受ける
室町時代 襖障子・明かり障子・雨傘用紙の需要増
1613 日本使節団がヨーロッパを訪問、
日本の良質な鼻紙に現地の人々が驚く
1798 紙漉重宝記(和紙製紙技術書)が出版
1874 有恒社で機械抄き紙(洋紙)の製造を開始
1925 クラフトパルプを製造
1964 海外から木材チップ輸入
2014 日本の手漉和紙技術が無形文化遺産に登録(細川紙(埼玉)、本美濃紙(岐阜)、石州半紙(島根))

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